日記 →「身体をだまして、ものごとを習慣化する」

このような能力(集中力と持続力)はありがたいことに才能の場合とは違って、トレーニン
グによって後天的に獲得し、その資質を向上させていくことができる。毎日机の前に座り、意
識を一点に注ぎ込む訓練を続けていれば、集中力と持続力は自然に身についてくる。これは前
に欠いた筋肉の調整作業に似ている。日々休まずに書き続け、意識を集中して仕事をすること
が、自分という人間にとって必要なことなのだという情報を身体システムに継続して送り込み、
しっかりと覚え込ませるわけだ。そして少しずつその限界値を押し上げていく。気づかれない
程度にわずかずつ、その目盛りをこっそりと移動させていく。
(「走ることについて 語るときに僕の語ること」 p109)


自分を客観的に評価するのは難しい。
ともすると採点がついあまくなってしまい、難しくてよくわからなかった本などをさもわかったように
書評を書き「なかなかうまく書けているじゃないか」とまではいかないまでも、そこそこのものは書い
たなと満足してしまうこともしばしば。


といった具合なので→欠点になかなか気づかない(そこを意識的に目を背けるから)→上手くならない→
価値がほとんどない→ビジネスや強みにならない。


このブログを見て頂ければ、それはすぐにご了解いただけると思う。


ただこのままでは困るので、なんとかひとつ読んで欠点を指摘してくれよと友人のヨシくんに懇願してみた。
すると、まぁ、薄情な方で、「あんなつまらんもん、読めるか」と一蹴され、まったく読んでくれないのだが、
(まぁ、わかるよ。駄文だし、くだらないことしかいってないってくらいはさ。そりゃ、認めるけどさ…。
こうなったら馬の目の前ににんじんをぶら下げる要領で、彼のインセンティブを利用するよりほかない
のかなと代案を思案中。)代わりに一つ褒め言葉(?)を頂いた。


「でも意外だな。あれ、まだ続けてたんだ。そこはすごいじゃん」


これを聞いて、おやと思った。


あれほど三日坊主だった自分が、意外にも「継続する力」を身につきはじめていることに気づいたから。
そういえば、ブログに限らず、英語やロジックの勉強や、読書、そこから得たノウハウの実践、一日の
行動記録などといった知的(と呼べるほど、ご大層なものじゃないけど、ほかに呼称の仕方が思いつか
ないので、便意的に使用)ストレッチの類いをそれほど苦なくこなせるようになってる。


これはどうしたことだろう、とその時気になったのだが、答えが見つからなかったので、しばらくほった
らかしにしておくことにした。


っで、いまさっきlivedoorwikiに「村上春樹のことば」という項目をつくり、つらいときに慰めてもらおうと、
本からせっせと金言を引用していたら、上記の言葉に巡りあい、「これだ」と思いあたったという次第。
(どーでもいい、経緯ですけど)


っで、上の言葉についてだけれども、あれはけだし至言だと思う。


たとえば読書ひとつとってもいくら面白いからといって、それだけで毎日続けられるものではない。仕事で忙し
いだとか、恋人や家族と過ごさなきゃならないという諸事情によって、中断しても自分に対する言い訳があとか
らいくらでも持ち上がってくるから。


だけれど、そうした日常的・突発的な事情に左右されていると、読書習慣がなかなか身につかない。
身につけるには、身体に「これは必要なことなんだぞ」と思わせてやらせるしかない。


そういえば記憶にも同じことがいえる。


脳には海馬という記憶すべき情報かどうか取捨選択する部位がある。
海馬くんが記憶のために残してくれる情報は、ぼくらの生存上「これは必要だぞ」と思うものなのだそうだ。
(「海馬」や「記憶力を強くする」「進化しすぎた脳」に詳しい)


たとえば政治家の名前なんてすぐに忘れてしまうけど、好きな女の子の顔や趣味、匂い、彼女が喋っていた些細な
ことといった情報は強く強く記憶される。あとから思い出すのも「あの子、そういえばこんなこといってたよな。
それって、おれのことじゃないのか」とひとりもんもんと勝手に解釈し妄想することも、わりと簡単にできたりする。


だけれども、好きな女の子の情報だけじゃなしに、政治家の名前や経済学のなんたらかんたら理論や英語の文法といった
ことに関しても覚えなきゃならないときがあったりする。


そんなときは、興味はないんだけど海馬くんを騙すために、何回もインプット(読んだり、書いたり、イメージしたり)
して、「これは必要な情報なんだよ。頼むから記憶してくれ」とお願いする。
海馬くんははそうして何度も送られたきた情報を「これは必要な情報なんだな。仕方ない、覚えてやるよ」と記憶しれくれる。
(みたいです。経験則からいっても、実際そのように感じます。)


これには身体にも同じことがいえるのかもしれない。
そこで、村上春樹さんのあのノウハウが役に立つ。


日々休まずに書き続け、意識を集中して仕事をすることが、自分という人間にとって必要なこと
なのだという情報を身体システムに継続して送り込み、しっかりと覚え込ませる

こうして、身体に「これは生存上、必要なことなんだよ」と反復して教え込むことで勘違いさせ習慣化させる。
うーむ、これは素晴らしい知恵だなぁと感嘆してしまったので、ここで記しておく次第である。

走ることについて語るときに僕の語ること

走ることについて語るときに僕の語ること