アメリカをすっかり理解する→『アメリカ人の半分は〜』

 
予想通りというか、なんというか。
アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(@町山智浩)はアメリ
社会を見通す視座を獲得できる大変刺激的な読み物だった。

 
以下、エキサイトティングなところを引いておく。
  

ナショナル・ジオグラフィック(全米地理学協会)が、2006年に18〜24
才のアメリカ人に対して行った調査に よると、88%は世界地図を見てもアフガニ
スタンの位置がわからず、63%はイラクの場所を知らなかった。
(中略)戦争や外交だけじゃない。自分たちの生活すらよくわかってない。
日本では国民年金が大問題になったが、アメリカにもソーシャル・セキュリティ
社会保障)という国が運営する
年金制度がある。しかし、ベビーブーマーの老齢化と、ブッシュ政権財政赤字
ために破綻した。
(中略)
アネンバーグ公共政策センターが行った調査によれば、国民の半分は年金危機事態
を全然知らなかったのだ。
(中略)
アメリカにもアメリカ人は単に無知なのではない。その根には「無知こそ善」とす
る思想、反知性主義があるのだ。(p12)
 

テネシー州などのキリスト教福音派の多い南部各州、いわゆるバイブルベルトと
呼ばれる地帯では、1925年以来、 公立学校で進化論を教えることが法律で禁じ
れている。それ以外の州の原理主義者は子供を学校に行かせずに、 親が自宅で勉強
させている。(中略)母親は息子に環境問題についてこう教える。「地球温暖化
リベラルが作った ウソなのよ」神様は万物の長として人間を作ったから、人間はす
べての自然を利用し尽くす権利がある、と。(p22)


・シェルビーの学校の女子生徒たちは次々に妊娠した。ラボックの10台の出産率
全米平均以上だった。心配した シェルビーが調べると、妊娠した女子生徒たちは
まったく避妊していなかった。絶対禁欲教育で避妊は役に立たないと 教えられてい
たからだ。(p47 )
 

・近くにウォルマートがオープンした町では、代々続いてきた地元の店が客を取ら
れて一気に潰れる。まるで爆撃のようだ。
20年ほど前から、アメリカの小さな町のダウンタウンはどこもゴーストタウンに
なっている。
地元の店が潰れて職を失った人々はウォルマートで働くしかない。そして低価格の
理由を知る。ウォルマート側の発表 した正社員の平均年収は1万9340ドル(約
200万円)なのだ。アメリカ政府は4人家族で年収1万9350ドル以下を「貧困
家庭」 と規定しているのに!しかも州に34時間以上働かされ、残業手当はつかない。
組合はない。これじゃ売り物が安いのは当たり前だ!(p105 )



宗教や格差問題、政治に経済、それにメディアのウソ、といった広範囲のトピックス
にわたって論及されており、どこを読んでも面白い。
個人的に一番面白かったのは、キリスト教福音派のところ。
 

福音主義というのは、キリストが残した言葉をまとめた聖書に記されていることを
文字通り実践し生きること。
だけど、逆にいえば彼らは「聖書」以外は受け付けないという偏狭な思想の持ち主
である、ともいえる。 それが高じて反知性主義となる(これにかんして「新潮45
で町山さんが詳しく論じている)。 ようするに、知性なんか必要ないね、である。
聖書への疑念をいだくことは神への冒涜である。だから疑いの目を涵養することに
なる聖書以外は悪だという論理によって、無知は美化され正当化される。
 

たしかにダーウィンの進化論は、原理主義者らには都合が悪いから、公的に教えな
い(って、ヤバくないか、それは) 方針がとられるのは、起こりうる話だろう(っ
ていうか、実際起きている)。
だって、神の意思ではなく自然淘汰によって生物は進化してきたって言うんだから。
これじゃ、旧約聖書の創世記に書かれている、神によって地球が創造され終わりを
迎えるという創造説・終末観に反するし、 なにより神の存在の存否に関わってく
る。それはまずい。
だからアメリカ人は反知性主義を採用するし、戦争相手である国の場所を知らなく
ても全然オーケーとなるのである(全然オーケーじゃないけど)。


近代科学はこれらの証明できないようなものに対する純粋な妄信(魔女狩りなど、
科学的根拠のないこと)を否定してきた。
また産業革命によって印刷技術が確立され、書物が世に出回り論理的思考が養われ
るようになった。
そこから神の存在も懐疑の対象となり、否定されるよう主張まででてくるように
なってきた。
神のような形而上(目に見えないもの)の存在は科学では証明できなし、進化論な
どの説と矛盾するから、否定説の登場は当然といえば当然 のなりゆきである。
しかしそんな神の否定によって、それまで神の子であることに生きる意味を見出
していた人々は生きる意味を失った。
実存主義という、「人間が生きる意味を探る哲学」はそんなところから生まれた
(詳しくは「映画秘宝12月号」のポール・ニューマン 追悼文を。 ちなみにP・
ニューマン主演の名作『暴力脱獄』は実存主義の映画だそうです)。
それはともかく。


宗教は「人に生きる意味を与える」という面においてはたいへんよく機能する。人
は生きる意味や意義を見出し、アクティブになったり、表情がいきいきしたりしだ
したりする(その固執ぶりが一般人には迷惑だったりするが)。
だがそれに固執したり妄信してしまえば、それによって予定外の妊娠をして しまっ
たり、10代から子育てをすることで教育を受けられず社会的な弱者になってしま
ったり、知識を進んで放棄すことで自分達の年金 をブッシュに使い込まれても知ら
ないという問題になった形で顕在化する。
どうも、行き過ぎはいけないようだ。

 
本書を読むと、こんなアメリカのメチャクチャな実態がわかる。
まぁ、なんだか暗雲たる気持ちにもなったりするが、あとがきに書かれているひと
つの可能性が救いになっている。
まずは読んでいただきたい。とんでもなく面白いから。
話はそれから。


アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない (Bunshun Paperbacks)

アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない (Bunshun Paperbacks)