サンドラー、アメフトに挑む「ロンゲスト・ヤード」


あるキーワードを入力すると、脳はいつまでも情報収集を

続けるそうだ。


たとえば、久しぶりにTVに出てきた(とする)アイドルさん。


「昔いたなぁ〜。なんていったっけ、この人?」


っとすぐには答えはでなくても、一旦検索(自問)をかけると数分後か数時間後

か数日後に「あっ、そうだ。」っと思い出すときがある。


先日アダム・サンドラーの「パンチ〜」を見て、みょーにサンドラーに惹かれて

いたのでビデオ屋さんで本作に目が止まった。これもそれと同じ原理ですね。


アダム・サンドラーのアメフトもの。そして名作(らしいけど、まったく知らな

かった。)のリメイク・・・か。ま、借りてみるか。」


とゆるい意思決定プロセスを経て、レンタル完了。


でぇ、いつものように結論を先取りすれば、アメフトの試合、練習シーンは

かなり迫力があって楽しめるけれど、ドラマの部分はんーーっといった感じ。


・・・あとは、何か言うことあるかな?


あ、そうそうそう。


ボブ・サップがいたな。あれは、びっくりした。

あとはぁ・・・ジェームズ・クロムウェルがいつものように悪役(所長やってます。

やっぱり巧い。)やっていて、クリス・ロックが弱気なマシンガントークを炸裂

させてるでしょ。


だから、役者面で言えばなかなか豪華・・・。


あと、サンドラーの演技力によるリアリティーもなかなかいい。

堕落しきった生活が似合うね。


っと、こんなところかな。・・・これだけ?

・・・これはボクの鑑賞意欲の低さによるところも大きいでしょう。

それは認めなくてはいけません。

たしかに、ぼーーっと見てましたから。


だけれど、それは映画サイドというか製作サイドのセットアップにも

問題がある。(と思う)


ドラマがいまいちなのは、サンドラーの葛藤、苦しみがこちら観客側

にうまく伝わってこないからなのです。


サンドラーは元NFLのスター選手。それが試合中八百長をして、そこから

追い出されたらしい。(詳しくは語られない。)


物語の中核をなすのは、ココ。(もう一つは、八百長をやらずに

最終試合をまっとうできるか。)

サンドラーが八百長をしたのか、どうなのか?なぜ?という点。


ほんとはどーなの?という真実をめぐる展開は、「ショーシャンクの空に」の

アンディー・ディフレーンが妻殺しで問われ、事実はどうだったのか?

というのと同じ。


しかし、本作ではこの問いかけ(CQ)がうまく機能していない。


サンドラーは登場シーンから自堕落な生活をおくっているので、

人生に失望しているのは見えるのだけれど、なにが原因でそうなっている

のかをはっきり示されない。(今回なら八百長。)


試合で八百長したらしいというようなことが、一度か2度サブキャラによって

提示されるだけなので、こちらとしても興味がそれほど沸かない。

よって、サンドラー自身にも「ふぅーん。」というような

無関心と関心の中間くらいの態度で接することになる。


すると最後の試合において彼が成長したのをこちら観客の見たとしても、

こちらの感動といったものは、当然薄い。


映画の感動はどこからやってくるのか?


その答えに近づくための、ヒントがここにあると思う。


セットアップは重要だ。


ってことですね。

当たり前のことですけど、興味もてない人物の人生の行方なんて

やっぱり「ふぅーん。」っという態度しかもてない。だって、興味ないから。


それに無理やり興味を出そうとしても、それは難しい話で、そんなものなら

(あくまで映画での話しです。)停止ボタンを押して、なにか別のことを

したほうがずっといい。惰性ほど無駄なことはないですし。


結構毒舌に語ってしまいましたが、いまさらフォローしても遅いですけど

悪い映画ではないと思う。


アメフトシーンは迫力あってすごいし(なんと稚拙な表現!ごめんなさい。)、

サンドラーの成長振りもなかなかいい。


だけれど、八百長の話しがうまく提示されていない。

よって、うまく共感できない。


だから本作の個人的評価は、


んんーー。


と、なにならざる終えないのです。