『エグザイル/絆』

映画に多大な期待をして鑑賞に臨んだとき、作品の質がそれに大きく背くときのがっかり
感はなかなかのものがある。
しかし、期待していた作品が「上質」だったと頭では感じていても、なぜか心が揺さぶら
れず、無理に感動しようとしてどこかに理由を探している自分を自覚するとき、それはそ
れでまた悲しい。
『エグザイル/絆』は、まさにそれだった。
秀作だってことはわかってるのに…。


(『エグザイル/絆』★5 原題『放・逐』、監督:ジョニー・トー


ブレイズ(アンソニー・ウォン)はブスっとした顔をして、ボスの命令によりウー(ニッ
ク・チョン)を消しに行く。そこにはウーを守るためにやってきていた旧友もいた。
男達は逃亡先から戻ってきたばかりのウーの自宅で激しい銃撃戦が行なうが、赤ん坊が激
しく泣き始めたことから一時休戦する。
ウー「…座って話そう」
ブレイズ「…イスは?」
チャララン♪タララララ〜ン♪
幸福感漂う音楽が静かに流れだし、5人は昔のような気軽さで会話を始める。
さきほどウーが軽トラに乗せてきた家具を部屋まで運んであげ、あるものはメチャメチャに
なった部屋を修理し、あるものは料理を作る。
そして一緒に食卓を囲む。
しばらく一同黙々と食事していたのだが、ブレイズが口から銃弾を吐き出したことがきっ
かけで笑いが起こる。
さきほどのシリアスなトーンとは一変して、笑え声が聞こえる幸せいっぱいな光景が映し
出される。とても美しいシーンである。
食後、皆で集まって写真撮影をする(ここもサイコー)。
カシャッというシャッター音が聞こえ、破顔一笑した集合写真が観客に見せられる。
続けて5人が横一列にならんで撮った十代の頃の写真が映像に流れる。
この写真は、もう一度、ウーの奥さんを救出しにいったときにも呈示される。
これは何を意味しているのか?
それは、反発することが本質だった不良少年たちが社会で生き延びるためにボス(ルール)
に従うことで、長い間失っていた少年性を取り戻したことなんじゃないだろうか。


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