圧倒的な映像美だけど…『ラブリーボーン』




笑いを誘うオープニング
作品のトーンに反してのっけから笑わせてくれる映画だった。
モールの書店でファッション雑誌を立ち読みしていた美少女スージーは、それでさっと顔
を覆い隠す。
隣にいた叔母(スーザン・サランドン)は、「どうしたのスージー?」と尋ね、彼女の視
線の先を追うと、そこには美しい青年レイがいた。
叔母は「ははぁん」と含みのある笑いをし、スージーのとっさの動作の意味を理解する、
というつい口元がゆるんでしまう微笑ましいシーンがあるんだけど、ここがじつは哄笑
シーンなのだ。
カメラのさきに映し出される青年がぜ〜んぜんカッコよくないんだよね(劇場で爆笑して
たのはぼくだけだったけど)。
ミニミニ大作戦*1ジェイソン・ステイサムが「ハンサム・ロス」と呼称されていたと
きに感じた違和感と酷似している。
「えっ、それ冗談だよね!?…マジでいってんの?」っていう(笑)。
キャップで笑わせるといえば、やさしい父親役のウォルバーグもそうだ。
タフでヤクザな男を演じさせれば一級の演技(「ホンモノ」にしかみえない男)をしてみ
せるウォルバーグだが、娘が行方不明になったことを知り心を痛めている彼のアップをカ
メラが捉えると、つい噴いてしまった(←文字通りに)。
ピーター・ジャクソンは「わざと」狙ったんだろうか。
だとしたら、すばらしい笑いのセンスだ。
つかみはオッケー。


圧倒的な映像美
おそらくラブリーボーンにはそのような修辞が冠されるはずである。
圧倒的に美しい映画『ラブリーボーン』。
そして、それは正しい。
美男子に恋をしているあいだに殺されたてしまった、悲劇の少女が天国でみる絶景。
スージーの目を通して映し出されるその風景はつい嘆息してしまうほど美しい映像だった。
緑色の草原が広がる大地に悠々とたつ大木をワイドショットで捉えた画はまさにそれで、
壮厳という形容がこれほど似合うショットはそうあるものではないといっても過言ではな
いほど美しい画だった。
息を飲む体験というものをしてみたかったらこの映画を見ればいい。
素晴らしい映画体験となることだとおもう。
でもね、問題がないわけじゃない。
じつは物語がガタガタなのだ。


停滞したままのストーリー
予告編では、スージーの死後(直接的な描写はない)、家族に危険が迫り、彼女が家族に
ヒントを与えて犯人の魔の手から救う(ことができるのか?だめなのか?)というサスペ
ンス色の強い映画を予感させていた。
しかし、実際にはまったくちがっていた。
スージーは殺害され、現実と天国の狭間にいき、そこから現実と天国の世界をただ見てい
るだけで、現実世界のあれこれにはまるでタッチしない(っていうかできない)。
では彼女は何をしているのか?
ただ傍観者でありつづける。
ただひっそりとあれこれおもって現実の世界を見守りつづける(ただ一度だけ意を決した
行動をするのだけど、それがどのような意味のあるものなのかぼくには読み取れなかった)。
彼女はこれから幸せな時間を共有できるはずだったレイのことを忘れられずに悲愴にくれ、
かといって天国に逝ってしまうことにもためらいがある(現世が忘れられない)。
いや、父が犯人捜索中に危険な目にあったりして泣き叫んだりするんこともあるんだけれ
ども、それはあまりに無力であり(父の耳には届かない)、彼女の自身の物語ではない。
これが見ていてキツい。
主人公にはやはりなんらかのアクションが必要で、でなければ葛藤もないし物語が進まな
いから、観客は退屈せざるをえない。
話を元に戻そう。
スージーの死は、彼女だけのものではなかった。
家族の一員を失ったサーモン家では、それまでの平凡だが幸福だった家族のバランスが崩
壊してしまった。
笑いが絶えないかった明るい家庭には暗がりが生じ、あれほど仲睦まじかった夫婦仲も徐
々にギクシャクしたものになっていった。
父は殺人者を挙げるために、会計士という職業的立場を利用して躍起になって独自に捜索
を開始する。
しかし、妻(レイチェル・ワイズ)はその必死な姿を見ているのがつらい。
スーザンの死をそのたびに思い出してしまうから。


っと、ここまで物語は順調に流れているようにみえるが、この時点ですでに観客はこの物
語としての欠陥をうすうす気づき始めていて、すでに苦しんでいる。
というのも妻がなぜそこまで辛いのか、その描写がいっさいなく、いつのまにか最高潮に
苦しんでヒステリーをおこしている妻だけが目に映り、彼女についていけないのだ。
観客は、おそらく娘を失うということはそういったことなのだろう、と行間を想像力で補
うが、しかし、それにしてもやはり唐突であり、またスージーの死から悲愴にくれつづけ
る夫婦の関係が固定されたままずっと動かないことが、スージーの物語も同様に停止して
いることと相俟ってしんどい経験を強いられる(中盤でスーザン・サランドンが再登場し
、サーモン一家も観客も気前よく救ってくれるまで)。


映像はたしかに圧倒的に美しい。
けれど、物語の欠陥が顕著で、サスペンスシーンもほぼないに等しく(後半に5分くらい
はある)、最後の結末もぼくには理解できなかった(スージーやサーモン夫妻はあれで納
得できたのだろうか?)ので個人的にはオススメしづらい作品。

*1:

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