幸福と苦悩→『悪人』


 震えました。
 とんでもなく息苦しくて切ない2時間19分でした。
 が、だからこそ、映画観に通っているというもの。これは観ておいてほんとうによかっ
た。


 タイトルにある「悪人」とは妻夫木のことを指すように思いがちですが、ちがいます。
 どう見ても妻夫木「だけ」が悪人ではない。
 殺人を犯したことが非人間的である、といわれるけれども、それは結果だけみて原因を
見落としている。
 結果だけをみれば許されるはずがない。だからぼくたちは彼らを批判する。
 しかし李相日はそうはいわない。
 そういう「あなた」も実は「悪人」なのではないか?
 ぞっとしましたね。自らの悪人性をスクリーンで見せつけられたようで。


 とはいえ本作も弱点はあります。 
 金持ちのアホに向かって語る柄本明のモノローグなどあまりに説教くさいし、テーマを
口で語ってしまっているし、ラストの灯台のくだりは少し長すぎて退屈。
 しかし。
 そんな弱点を帳消しにしてしまうほど、「悪人」の孤独な心と求め合う必至さが素晴ら
しかったです。


 小さな世界を行き来するだけの深津がひとり寂しく食べるケーキ、おなじようなバック
ボーンを持つ妻夫木の母に捨てられた記憶、孤独で絶望している両者が他者にはじめて受
容されたときの喜び。
 自分を受け入れてもらうこと。
 これほど人にとって幸福なことはありません。
 なぜなら「この世界にいてくれてありがとう」という生命の肯定でもあるからです。
 私にはこの世界で生きている価値があるのか?、という根源的な生の不安を解消してく
れる奇跡的な存在だからです。
「本気でだれかと出会いたかった」という印象的なフレーズは、以上の背景とカットに
よってたいへん説得力を持っていました。


 灯台でのラストカットについては、その意味が飲み込めたとき、ちょっとたまらなかっ
たです。
 あれは人間の多面性を表しているんだと思います。
 他者によってたしかに生きることの喜びを与えてもらった。しかしそれは同時に自分を
強く苦しめてもいる。
 喜びと悲しみ。愛情と憎悪。幸福と苦悩。そういった多面性ががあのとき爆発してし
まったのではないか。
 

 『ヒーローショー』といい『告白』といい、今年の邦画の豊作だなぁ。


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