本性を取り戻せ!:『ファンタスティックMr.FOX』

 ご無沙汰してます。
 今年はちょこちょこ映画や本の感想を書いていくつもりだったのですが、もう
5月に入ってしまいました。早いなぁ。
 
 ところで(笑)、ウェス・アンダーソンの新作『ファンタスティックMr.FOX
を観てきました。
 以下、その感想。



 スポーツ万能で頭も切れるMr.FOXは泥棒稼業で生計を立てていた。
 が、ある日、盗みに入った先で人間のワナに引っかかってしまい、泥棒仲間
兼恋人とともに檻のなかへ閉じこめられてしまう。この絶体絶命のピンチのと
き、突然、「わたし妊娠したの」と告白される。
 突然の告白にひどく動揺するが、それを彼女に悟られないよう「結婚しよう」
とプロポーズする。
 しかし、このとき、彼は未来の妻にもうひとつの約束していた。「もう二度
と泥棒はしない」と。


 かくして、家族のために人間の息がかからない地下へ生活場所を移し、泥棒
稼業から足を洗うことになったのだが、どうにも日常は退屈だ。地方新聞(?)
に寄稿しているコラムは、いったいだれが読んでいるのかわからない。仕事が
評価されている気がしない。父は(キツネ年で)7歳半で死んだ。自分はもう
7歳を迎えてしまった。このまま死を迎えたくない。
 彼は妻との約束を反故(ほご)にし、泥棒稼業へふたたび手を染めていく…。


 キツネという動物には、賢い、奪うというイメージがある。このモチーフは
本作でも活かされている。
 泥棒稼業に戻る理由を友人に尋ねられたとき、彼は「それが野生動物の本性
だからさ!」と説明する。
 なんて、都合のいい言い訳なんだ(笑)


 人から盗むこと。それがキツネという動物の本質だ、とMr.FOXは力強く宣
言する。遠くにある獲物を見つめ、いまにもよだれを垂らしそうないやらしい
顔つきがそれを裏付ける。
 しかし、キツネとしての本質を取り戻すことは、同時に愛する家族や大勢の
動物の生活を脅かすことでもあった。3人の富豪から食料や酒をくすねたこと
で、人間の怒りをかってしまったのだ。おかげで、周辺にくらしていた動物た
ちは食べ物にありつけなくなる。
 Mr.FOX一家も手痛い被害をこうむることになる。高い金利を払ってようやく
手に入れた「地上」のマイホームは人間の手によって全壊されてしまい、「地下」
生活へ追いやられることになる。さらに水攻め作戦で窒息死させられそうにも
なる。息子まで人質にとられそうになった。


 失っていた動物としての本性を取り戻そうとした結果、大勢の人々に迷惑を
かけることになってしまった。 
 責任を一人で取ることなどできない。Mr.FOXはこの体験から厳しい真理を
学ぶことになる。

 
 この物語は、このような実存主義的テーマ*1(キツネで「ない」から「ある」
へ)を突き詰めていく。
 と同時に、天才を父に持つ平凡な息子の苦悩*2も描いていく。
 

 盗みの天才である父は、凡人である自分(アッシュ)にまったく興味をもっ
てくれない。父に精一杯実力をアピールしてみせても、すべて失敗に終わって
しまう。ときどき、父に声をかけられることもあるが、それは「なぜそんなヘ
ンな格好をしているんだ?」という純粋な好奇心からであって、自分そのもの
に興味があるからじゃない。そのとき、アッシュは床に白い痰を吐く。
 この「オレは、あんたのこと嫌ってるんだぜ」的虚勢があまりに切ない。父
からの承認を求めていることが明らかだからだ。
 しかし、実存をかけた戦いにやぶれた父ーMr.FOXは、やがて自身のあやまち
に気付き、息子に謝罪する。このシーンが感動的なのだが、父の謝罪を受け入
れたアッシュが実力以上のパフォーマンスを発揮する姿は素晴らしかった。
 承認とは力なのだ。

*1:これはそのまま「人間」にも置き換えられます。

*2:ちょい『アマデウス』(秀才サリエリの天才モーツァルトへの憧れ)が入ってますね。

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