必然的に起きた正しいこと:『127時間』
わがままな人は厄介です。自分の力で生きていると思ってるから、人を頼らないし耳も貸さない。彼らには言葉が届きません。
そんなわがままな人・アーロンは、ブルージョン・キャニオンという目的地を目指している途中、岩に腕を挟まれてしまいます。岩に体当たりしたり、持ち上げたり、ナイフで削ったりしても、まったく動きません。
岩は、アーロンの自由を完全に拘束します。
アーロンの自由を阻む岩は、『恋はデジャ・ブ』の(進まない)「時間」とおなじです。
主人公のフィル(ビル・マーレイ)は、イケイケの天気予報士だと思っているから、周囲が呆れていてもまったく気付かない。
ある日、フィルのまえにも「岩」が立ちはだかります。何度も何度もおなじ1日が何度も繰り返されることになる。が、フィルは「時間」に足止めされることによって改心します。彼の場合、他者を助けるという行動の結果ですが。
しかし,アーロンは今いる場所から動くことができない。おなじ一日をやり直すこともできない。ただ過去の記憶を、幻視として見ることしかできない。思い出すことといえば、心を暖めてくれる出来事と、それにまつわる後悔だけ。
・あのとき妹の結婚式に出ていれば…
・あのとき彼女をもっと大切にしていれば…
・あのとき母親の電話を無視していなければ…
・あのとき同僚に行き先を告げていれば…
岩は不条理が「見える化」されたものでもあります。
アーロンのまえには「岩」というカタチで表れてましたが、ぼくたちのまえにも別のカタチで現われます。「喪失」です。彼女を、家族を、自由を失うことではじめて、何かを得ていたことに気付きますよね。
喪失は、ぼくたちを束縛して離しません。そこでは過去の行いを後悔するしかない。
人はなぜ後悔するのか。時間が不可逆だからです。
フィルには後悔はありませんでした。人生を失敗しても、何度もやり直すことができるから。しかし、アーロンやぼくたちの人生はちがいます。時間はただ一直線に、止まることなく進んでいく。けっして戻すことはできない。その事実と向かい合ったとき、ぼくたちは「偶然起きた悪いこと」を「必然的に起きた正しいこと」だと解釈します。だからアーロンが厳しい決断をするとき、まるで悲壮感がない。過去の償いをしているからです。
過去を清算したアーロンは、以前のアーロンではありません。他者によって助けられ、生かされていたことを知っています。厳しい決断をすることができたのは、昔、母が言ってくれた言葉のおかげでした。母から発せられた言葉は、何十年という時を経て、ようやくアーロンに届いたわけです。
岩から脱出した後、アーロンは他人にむかって大声で叫びます。
「I need your help!(ぼくにはあなたの助けが必要なんです!)」
わがままだったアーロンが心から人を求めた瞬間であり、この映画でもっとも感動的なシーンです。
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