自分を決めるのは自分自身だ→『アイアン・ジャイアント』



むかし、スガシカオの「progress」という曲を聴いて違和感を感じたこと
がある。


ぼくが歩いてきた日々と道のりをほんとは"ジブン"っていうらしい

どうも自分とは過去に「あった」もののことを言うらしいな、と人生の先輩
に言い放たれて、それってなんかヘンだよなという印象をもったものだった。


それまでの認識では、自分とはすでに「ある」ものだったわけですね。
だから、突然「あった」と過去形で指さされても、いま「ある」ものが「あ
った」ってどういうことだよ、となんかヘンだなと感じたのだ思ったのです。
それってさ、どこから「自分」を眺めるのかという視点の問題じゃねぇの、
と。
でもね、年を重ねてくると、わかってくるじゃないですか。
スガくんの詩の意味がさ。
あぁ、なるほど、確かに自分って「あった」ものでもあるなって。


スガシカオのいう「自分」は、個人の意思決定による結果、あるいはそれを
ひっくるめた自分史だと思うんですよ。
個人である私には、「こうなりたい」「こうすべきだ」という価値観やモラ
ルがある。
そうしたものに基づいて私は「こうする」と選択をする。
そして「私の意思」に端を発した幾多の選択ー行為のあとを振り返ってみれ
ば、なるほど、たしかにそこには「自分」というものが「あった」というこ
とに気がつく。
それは、ぬかるんだ道を馬車が通ってできた轍のようなもの。


今を起点にこのように考えてみると、「自分」とはおのれの意思によって創
っていくことができる、「ある」から「なる」ものだってこともいえると思
うんですよ。
それを「今」から眺めると「あった」になる。
ただ、ここでいう「自分」は、あくまであり方としてのものね。
外から評価されるような「自分」じゃない。
みんなに嘆息されるスゲー会社に入ったとか、勉強ばバリバリできるように
なったとか、整形してイケメンになったとか、そういった外的な評価を受け
る「立場」としての自分じゃなくて、ひとりに人間としての「あり方」とし
てどうあるか、って意味の自分ですよ。


で、『アイアン・ジャイアン』ですけど、これは自分に「なる」物語です。


もう10年ほどまえの映画だし、各方面で絶賛されてる映画だから、プロ
ットはざっくり言っちゃいますけど、突然現れたロボットを少年が教育を
施し、あの「スーパーマン」に憧れたロボットがスーパーマンに「なる」
って話。
ただし、そのロボットには自己防衛装置が組み込まれている。
この設定がミソ。
どこの誰がそんな仕様にしたのかは知らないけれど、たとえおもちゃの銃で
も向けられると、無意識的にその対象をビームで攻撃するようになってる。
これがスーパーマンになる足枷になる。
スーパーマンになりたいのに、自己防衛装置の影響によって、なりたい自分
から強制的になりたくない自分へと疎外されてしまう。
そこへアメリカの政府がこのロボットを発見してしまい、どこかの国の回し
者だと断じて破壊しようと攻撃してくる。
最初ロボットは反撃せずにひたすら逃げ回るが、途中で一緒逃げていた少年
が殺されてしまったと勘違いしてブチ切れる。
ロボットは少年の死を契機に理性の箍が外れてしまい暴れ狂う。
気絶していた少年がそれに気づき、むくっと立ち上がってロボットの前に立
つ。
しかし、暴走モードをすぐには解除できないロボットは、少年に巨大な銃を
突きつけてしまう。
今にも自分に向かって発射されそうな境遇に立たされながらも、少年はロボ
ットに向かって言う。


 きみは銃*1になんてならなくていいんだよ
 なりたい自分になれるんだよ
 あとは自分で決めろ


そこでロボットは、ほんとになりたい自分、スーパーマンに「なる」。
自動防衛装置という、どこのどいつかによって設けられたものに「自分」を
規定なんかさせない。
オレはなりたい自分に自らの意志で「なる」。
それを証明するかのように、身を犠牲にまでして。


ここでぼくらは感動せずにはいられないんですよ。
なぜなら、なりたい自分に「なる」ことの難しさをぼくたちはとてもよく知
っているから。
熟知しているといってもいい。
「なる」ことは、必ずしもベネフィットを約束しない。
むしろ、「なった」ことで多くのものを失うかもしれない。
それは、本人を窮地に追い込むことになるかもしれない。
ぼくたちは「なる」ことの困難性を経験的に知っている。
だからなりたいのだけれど、なれないという希望と絶望の間で立ちすくんで
いるぼくたち観客の心を、彼の選択が強く揺さぶるんだよね。


 他人がどう思おうと、どうだっていいじゃないか
 自分を決めるのは自分自身だ
 自分のなりたい自分になればいいんだよ*2


アイアン・ジャイアント スペシャル・エディション [DVD]

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*1:=人殺し=悪いヤツっていう意味です。この等式を少年がロボットに教えるシーンがあり、ここでリンクするんですね。

*2:スクラップ場オーナーの言葉。カッコイイと思うのは、彼が「なって」いるから